色んな子がいますね その5
その彼らは(Aを除いては)その後一人また一人と順に帰国し、ジュリアもフランス語教師の仕事を辞めたが、以降も互いの交流は続いた。
手紙のやり取りだけではない。
その後それぞれの分野でそれなりに偉くなっていった彼らは「若かりし頃にマスターしたフランス語」が物をいったかどうか、出張という形でフランスを再訪する機会も多く、そんな折りにはまめにジュリアにも連絡をしてきて、時には夫のAも交え、食事をしたりお茶を飲んだりして旧交を温めたというのだ。
そんなわけで、ジュリアの側も日本へ行くたびに律義に彼らとコンタクトを取り、毎夏の再会を楽しみにしていたのでした。